2010年12月04日

救護訓練坑道の見学 3 in 直方石炭記念館

前回の記事から約3年経ってしまいましたがようやっとアップです。
実は、写真自体は、前回の記事の4ヶ月後には用意してあったのですが…。

取り敢えず、この記事で見学レポートは終了です。
今回は、記念館で保存されている貴重な蒸気機関車の写真です。
どこがどういう機能のものなのかよく判らないので説明は殆どありません。 丁度、昔、別の蒸気機関車を運転されていた方が居合わせていたのに質問せずに降りてしまったのがちょっと心残り。 少し聞いたような気がしますが、記憶に残っていないので早いとこアップしておけば良かったなと後悔もしています。
救護訓練坑道の見学 1 in 直方石炭記念館
救護訓練坑道の見学 2 in 直方石炭記念館


【コッペル32号(蒸気機関車)とロト22号(石炭車)】
大正14年、鞍手郡宮田町(現在の宮若市)貝島大之浦炭鉱が資材運搬用にドイツから輸入した炭鉱専用の蒸気機関車。
昭和51年(1976年)8月の閉山まで52年間運用。
コッペル32号-1

コッペル32号-2

ロト22号-1
女性記者さんです。写真撮るのに一時どいて頂こうかと思いましたが、電話掛けつつ一心不乱にパソコンで記事書いているようだったので悪くて声を掛けられませんでした。
結局、そのあと30分位経っても同じ位置で作業していました。
ロト22号-2

ロト22号-03

ロト22号-04

ロト22号-05

ロト22号-06
【セム1号車】
明治37年(1904年)に当時の九州鉄道行橋製作所で製作されたセム第1号という記念すべき石炭車。
製作価格は、当時の金額で950円75銭と記録されている。
明治40年(1907年)に国鉄が九州鉄道を買収した時に国鉄に移管。 制作時は9トン積みだったが、後年車体改造が行われ炭箱の形状も変化していったようです。
明治44年(1911年)には13トン積み
昭和9年(1934年)には15トン積み
昭和37年(1962年)に廃車処分されるまでの58年間に積んだ石炭は、およそ15万トンにもなると推定されている。

【貨車諸元】
長さx幅x高さ(単位mm):
 車体 (6020x2565x2805)
 内部 (5334x2146x1962)
容積:18.7m^3(立方メートル)
荷重:15.0トン
自重:7.6トン
セム1号車-1

セム1号車-2
【C11-131号蒸気機関車】
昭和13年2月22日(1938年)に日本車輌株式会社で製作。
昭和16年(1941年)まで日豊、松浦、唐津の各線で旅客列車を引っ張り、昭和45年(1970年)まで筑豊地区で石炭輸送に従事。 稼働年数33年間で約130万km(地球を約32周)走行。

【車両諸元】
重量  (運転整備の場合):65850kg
 ( 空車の場合 ):51690kg
長さx幅x高さ(単位mm):
 車体 (12650x2936x3900)
動輪の直径:1520mm
最大動輪馬力:610PS
最大速度:85km/h
C11-131号蒸気機関車-01

C11-131号蒸気機関車-02

C11-131号蒸気機関車-03

C11-131号蒸気機関車-04

C11-131号蒸気機関車-05

C11-131号蒸気機関車-06

C11-131号蒸気機関車-07

C11-131号蒸気機関車-08

C11-131号蒸気機関車-09

C11-131号蒸気機関車-10

C11-131号蒸気機関車-11

C11-131号蒸気機関車-12

C11-131号蒸気機関車-13

C11-131号蒸気機関車-14

C11-131号蒸気機関車-15

C11-131号蒸気機関車-16
煤落とし用の作業窓です。床にあります。 どう作業するのか良く覚えてないです。 棒を差し込んでガチャガチャ動かすんだったかなぁ?
なんか、この時のことをメモもしていた記憶が甦ってきたので、それを探せば書いてあるかも知れません。 ちょっと部屋を掃除して探してみますが、今凄いことになっているので見つかるかなぁ? 見つかっても書いてあるかどうか。
C11-131号蒸気機関車-17

C11-131号蒸気機関車-18
救護訓練坑道の見学 1 in 直方石炭記念館
救護訓練坑道の見学 2 in 直方石炭記念館
posted by へじほぐ at 14:20| Comment(0) | 近代建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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